都会の香りを春に感じて【第五話】【ケータイ小説】【おすすめ紹介処】

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「お疲れさん!」

彼女はそう言って、僕の隣に何の躊躇いもなく座る。

「うん」

もっと色々フレーズを考えていたが、咄嗟に全てが吹っ飛ぶ。

ある意味これも想定の範囲だったが、問題はここからの90分。そもそも、恋人でもない女性と授業を受けるのだ。

そんな事を考えていると、妙に以前電車で彼女が言っていたセリフが頭をよぎる。

「えー!じゃあ、彼女さん一筋とか?」

頭の中で色々と考えが巡りだすと、僕は止まらない性分なのだ。

−−いや、一筋だったら、女性と2人きりで講義受けようとはしないが−−

などと、1人講義からの逸脱をしていた。

恐らく、ペンが止まっていたのだろう。

−−具合悪い?−−

と講義ノートの右端の上に書かれた。

僕はノートの左端の上に、

−−大丈夫−−

と書いた。

いつもなら、女性と話すと、凄く周りの目が気になるのだが、この時は大丈夫であった。

90分という講義の時間が半分くらいの長さに感じられた。

あっという間に、講義は終わった。

学食にそのまま2人で向かう。

賑わう食堂内。音楽系、体育会系、文化系、様々なサークルの人たちが、集まり楽しそうにしている。

僕は集まりというのが、どうも苦手だった。

なんでだろうか。話す行為というよりは、人の目線が気になるからかもしれない。

堂内の端の方が、お一人様専用席みたいになっている。

そこに隣合わせで座る。

「何食べるの??」

「塩。ラーメンの小」

本当は見栄を張って、大盛りの唐揚げ定食とかを頼んで、力強さをアピールすべきなのかもしれないけど、僕はそういうのが苦手だ。

しかも、彼女と過ごした90分間で、良い意味で食欲を失っていた。

例えれば、ゲームに集中し過ぎて、そこで満足をし、疲れてしまったと言えば伝わるだろうか。

「えー、(笑)、足りないでしょ!!」

彼女はそう言いながら、何かの定食を注文をする。

実に昼食を食べながら、話をするというのは、難しいものである。

僕は口を開けば箸が止まり、箸を動かせば口が止まる。

女性は本当にこの事を器用にこなすと人生で初めて体験した。

「でさ!彼女は!!彼女いるの?」

塩ラーメンの小が逆流し、食道炎を起こしかけた。

いつもは事前に、あれこれ考える性格だったが、さすがに話の冒頭一発目に、この話題が来るとは思わなかった。

というか、他に話題が無かったのかもしれない。

若しくは、この事を聞く以外、彼女は聞きたいことがなかったのかもしれない。

「いるように見える?」

このように聞いてしまったのが、全て僕の不徳の致すところ。フラグを立てしまったようなものだ。

「見えない!笑」

心から失礼であると感じるとともに、自分の返答の仕方にも、問題があったと反省をする。

なんだか、彼女の表情がこの時、若干に穏やかになった気がする。

「女の人と付き合ったことあるの?」

僕の脳内に強烈響き渡るその言葉。何度も頭の中で反復し、呼応するそのフレーズ。

視界がぼやけそうなほどの衝撃を受けつつ、一生懸命返答をする。

「好きな人はいたことあるけど、付き合ったことはないよ」

これが僕の癖なのかもしれない。

良い癖だったのかもしれない。

付き合ったことがないという返答だけで、本来は十分回答としては問題がない。

しかし、好きな人はいたことがあると、余計に話をしていたため、話題がそこから広がっていった。

何を聞かれただろうか。

どういう人がタイプなのかとか。

その人はどういう人だったのかとか。

僕はその事に、素直に、包み隠さず、返答をしていたと思う。

だが、最後の質問に対して、どう返答をすれば良いか分からなくなってしまい、1分くらいだろうか。

黙り込んでしまった。

「好きだったのに、告白をしなかったの?」

そのひと言に対して、どうしても返答が見つからなかった。

いや、見つからないというよりかは、あまり答えたくなかった。1年前のことだから、はっきり覚えていたのだが。

僕が口を開こうとした瞬間、彼女がコンマ少し早く口を開いた。

「す」とだけ、言葉を発して、僕は彼女の話を聞くことへ、即座に思考が切り替わる。

「ふーん、なるほどね」

「え、僕の脳内可視化した?」

「可視化したというよりは、佐藤くん自分で表現化しているよ」

要するに、顔に全て出ていたということであった。

もう。僕は微笑むしかなかった。

昔から、顔色の変わりやすいやすい、性分だったが、初めてご飯を食べる女性とのやりとりでもこういう状況になる。

もはやこれは、自分のアイデンティティとして、受け入れるしかないと、神様が言っているようなものだった。

けど、僕も僕なりに、不安に抑えられているだけで、根は話好きである。

やっとのことで、返答の1つが脳内に舞い降りてきた。

「アクティブそうに見えるけど、何かスポーツやってたの?」

「中学校まで軟式野球で、高校は女子野球」

?マークが3つくらい浮かんできたが、とりあえず凄くアクティブな事は理解できた。

「僕も性格が向いていないだけで、スポーツは好きでやってた。中学まで軟式野球で、高校は2年生までバスケットボール。途中でバスケは辞めちゃったけど」

多分彼女も?マークが浮かんだのだろう。

初対面の人には、基本的に文化系の部活動に所属していると、思われることが多かった。

「え!以外!笑」

彼女は凄く笑っていた。どういう意味かは分からなかったが、とても楽しそうだった。

「野球、ポジションどこやってたの?」

急に僕は饒舌になる。詳しいことだったから、きっと嬉しかったのだろうか。

「キャッチャーだよ」

「え、すごい」

野球をやっていた人なら、分かると思うが、キャッチャーは痛みが伴いつつ、暑さと戦う必要のある精神力が求められるポジションなのだ。

到底僕には務まらないポジションだった。

というか、女性の中でも、小柄な彼女がキャッチャーをやっている姿が全く想像出来なかった。

すると、

「佐藤くんはどこ守ってたの?」

ここは、アルプススタンドを守っていた等、面白い事を言うべきだったのだろうが。

その時の僕には、仮に思いついても、そんなユーモア溢れる発言をする勇気が無かった。

「外野」

真面目にそう答えた。

「やっぱり!」

この人は超能力者なのかと、思うくらい、僕の事を見透かしていた。

それは、彼女が決して、超能力者というわけでなく、僕が分かり易い少年だったからなのかもしれない。

「そう言えばさ、今度アメリカから帰ってくるよね…?」

「あぁ、せっかくこっちに来たんだったら、生で一回観たいね」

「次の試合いつだっけかな」

彼女はそう言いながら、僕たちの住んでいる都市にある某球団の試合スケジュールをチェックしていた。

「15日か…!あ、午後!観に行ける!」

「そうなんだ、15日って日曜日?」

「うん」

「学校無いもんね」

「うん。で?」

ここまで来て口を開けない僕には、少年と言えど、天罰を神様が下す必要があるのかもしれない。

少し大きな呼吸をして、僕は額の汗を拭った。

季節は梅雨が近づいていて、湿度が高く、僕の冷や汗に拍車をかけて行った。

※この作品はフィクションです

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