都会の香りを春に感じて【第六話】【ケータイ小説】【おすすめ紹介処】

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「み、観にいく..」

「何を!」

「野球だよ」

「誰と…?」

僕が口を開こうとした時、坂さんの携帯が鳴った。

「ごめん、ちょっと電話」

「もしもし…うん、大丈夫」

一瞬だろうか、彼女の表情が曇ったような気がした。

僕にはそう見えた。

電話を終えた彼女は、どこか元気がなくなったような感じがした。

「野球。観に行こう。15日ねっ」

空元気を振り撒くかのように、そう僕に伝えてきた。

「分かった、チケット予約しておく」

「ありがとう、バイトあるから、そろそろ帰るね、今日は面白かったよ」

今日は僕たちが知り合った家庭センターのバイトは休みである。

ということは、彼女はアルバイトを掛け持ちしていることになる。

その事を聞きたかったが、急ぎのようだったので、

「またね」

とだけ伝えて、楽しかった昼食の時間は終わりを告げる。

帰り道、急な坂を下りながら、色々と考えてしまった。

人間というものは、直感というものが、生まれつき備わっていると僕は思う。

なんとなくであるが、さっきの電話の相手は男性だったのだろう。

そんな思考が脳内で反復していた。

だからと言って、僕が一方的に好意を持っただけだろうし、彼女にお付き合いしている人がいたとしても、別に驚くような事でもない。

一瞬、高校時代の淡い思い出と重なるような気がしたが、頭の中でもがくように、その事をかき消す。

僕はアルバイトを2つ掛け持つ体力も無ければ、精神的な余裕も持ち合わせていない。

人は自分に無いものを持つ人に惹かれるのだろうか。

自問を繰り返しながら、1人静かに安アパートへと、引き込まれていく。

大学生というのは、人生の夏休みと、どこかで聞いたことがあるが、それはあながち間違いではなかった。

午前中に授業を受けて、午後はアルバイトがないと、特にやる事がない。

それはあくまで僕に限ってのことで、そうでない人も多くいるだろう。

午後はもっぱら、社会福祉のレポートを書くための書物を読み漁り、それでも、まだ時は夕方だった。

本当は家事や炊事をしなければならない時間なのだが、どうしても、彼女の曇った表情が僕は頭から離れなかった。

僕は元々、何か1つのことが気になると、やるべきことが手につかなくなる性分がある。

−−お疲れ様、野球のチケットなんだけど−−

と送ろうとしたが、よく考えると、15日までは2週間ほどある。

さすがに、早足過ぎると思い、送信することを断念した。

それから音もない静かな空間で、自分の立てた物音しか聞こえない中、黙々と皿洗いをする。

しかし、どうしても、この簡単な作業に集中することができない。

ふいに、脱線をして、次のアルバイトがある日を確認してしまう。

−−次、話が出来るのは。5日後か−−

そう独り想いを巡らせていると、徐々に惨めな気持ちになってきた。

−−そもそも、自分が一方的に好意を抱いただけで、坂さんは野球を一緒観にいく、話しが合う人がいなかっただけ−−

それか、

−−あまり男性と2人で出掛けることに抵抗がないだけで、僕のような男っ気の少ない雰囲気の友達が欲しかっただけ−−

など、マイナスイメージしか浮かんでこなかった。

しっかりと、恋愛経験がある人なら、色々と推測であったり、探りを入れることができるのだろう。

でも、18歳の僕は、女性と付き合った経験がなかった。

結局どうすることもできず、ただ時が流れて行った。

そうして、次のアルバイトの日を迎えた。

電車に乗るため、最寄り駅へと向かうが、この前の出来事が原因か、心拍数が自然と上がってしまう。

駅に着くが、やはり、彼女の事を探してしまう。

どうやら、彼女は違う電車で行ってしまったのだろうか。

あまり混雑していない車両を敢えて選び、僕はアルバイト先へと向かう事にした。

正直、田舎出身のため、僕は電車に慣れておらず、苦手だった。

なので、いつも決まって、車両前方の吊り革を選択していた。

そして、乗り換えをする大きな駅に着いて、目的地へと僕を運んでくれる湘南線に乗り換えをする。

同じく車両の前方に乗って、吊り革につかまっていた。

すると、

「おいっ!」

という声とともに、背筋に軽い痛みが走った。振り返ると、坂さんが僕を見つけて、チョップをしていた。

突然の出来事に僕は弱い。

酷く動揺した。

必死に滲み出る顔汗を隠して、平静を装うかのように、

「お疲れさん」

そう一言伝える。

「お疲れ様!」

どうやら、元気なようだった。

学食で話をした時から、一切メッセージなどのやり取りはしていなかった。

例の話については、

気にはなるが、アルバイトで業務を協力して遂行する必要があるため、話を持ち出そうとは思わなかった。

変に自分が動揺してしまっては、職場にも、彼女にも、迷惑をかけかねない。

お互いにその話は持ち出さずに、2人真面目に業務へと向かう。

そして、何事も無かったかのように、4時間の業務を終わらせる。

問題は帰路である。お互い同じ大学に通っていたから、最寄駅が同じなのだ。

ということは、言わずもがな、最寄駅まで話を繋がなければ、気まずい時間がただただ続いてしまう。

それは、自分自身も辛いが、相手にも申し訳ない。こうして、僕のコミュニケーション力は磨かれていったのかもしれない。

震えまじりの声で、僕は口を開く。

「この前話してた、野球の試合のことだけど」

「あ、チケット取った?」

「うん、2枚。内野」

「バックネットじゃないの」

「え、あぁ、お金なかった」

「うそ!大丈夫!!はい!これ!!」

彼女はそう言って、僕にチケット代1人分を手渡してきた。

男はこういう時、奢るべきである。

そのような風潮というのは、なんとなく感じ取っていたが、大学生は想像の3倍、お金がなかった。

いずれせよ、見栄を張るのは苦手だった。

ということで、女性と人生で初めて、お出かけというものに行く事になった。

それまでの10日間というのは、ほとんど記憶がない。

それくらい、人生で初めての衝撃だったのだろう。

あっという間に、6/15日がやってきた。

その日は18:00からの試合開始。

朝は4:00くらい目が覚めた。

休みなので、当然日中は対してやることがない。

ゲーム機の電源をつけてみるが、娯楽にすら集中出来なかった。

そんな状況では、学校の課題にも、手がつくわけがない。

お昼ご飯を買うため、スーパーに向かう事を心に決めた時、窓を開けた僕は絶句する。

雨。

それも小雨ではなく大雨。

季節が梅雨に入っていたことは頭に入っていたが、いくら思慮深い僕でも、天気までは考えられなかった。

人間、受け入れたくない事象が生じると、途端に逃避をするものである。

僕は試合がまだ、開催するものであると信じて止まなかった。

無情にも、HPを開くと、試合中止という文字が画面に映っていた。

腹を決めた僕は、彼女に断りのメッセージをするために、スマホを開いた。

すると、既に1通のメッセージが来ていた。

−−中止なったけど、どうする−−

早く返信しなければ、そう思ったが、全く持って、どう返したら良いか分からない。

20分か30分くらい経った時だろうか。

彼女から追加でメッセージが来ていた。

−−わたし、今日1日予定空けてたから、暇だよ?−−

40分くらいたった時だろうか。

−−中止残念(汗)、夜ご飯でも食べにいく?−−

そう返信をした。

それから、1時間か経ったあたりだろうか。

彼女から、

−−作り置きでご飯あるけど、”家にくる?”あ、お菓子買ってきて−−

とメッセージがあった。

僕はまた。

しばらく返信することが出来なかった。

※この作品はフィクションです

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