「1人1パックでお願いします」
そう支援団体の男らしき人物は、マスク越しに声をあげる。
並んでいる人は50人近く居ただろうか。
僕はこんなにも多くの人が、食糧の支援を求めているとは思いもしなかった。
コロナ禍の影響なのかは分からないが、21歳の自分とあまり年齢が変わらない、若者も何人かいた。
麦飯の握り2つと、栄養ドリンク1本を涙を堪えながら有難く食していると、ふと、昼頃に思い付いた良案を思い出した。
2)
「あの、すみません、仕事探したいんですが、住所がなくて」
一縷の望みを託すかのように、炊き出し支援をしているスタッフに話しかけてみる。
「詳しい事情は分かりませんが、こちらに相談先の一覧が載っています」
スタッフの男はそう一枚のパンフレットを手渡してきた。
少し冷たいと感じてしまったが、今の自分の立場を考えると、それ以外特に何の感情も湧いてこなかった。
若くて、世間知らずながらも、18から3年間、公務に身を捧げていたため、ある程度、この手の文字を読むのは、抵抗がなかった。
−−..法人..困窮支援の会−−
如何にも、どストレートな名前だが、詳細を見てみると、どうやら、職探しまで手伝ってくれるらしい。
朝9:00から、相談を受け付けているらしいので、自分も後日、問い合わせしてみる事を決意する。
数日経った頃だろうか、ナイトパックも安いとは言えど、残り10万前後の所持金を切り崩しながら、僕は凌いでいる。
いずれ限界が来ることは目に見えていた。
その不安が、僕を行動へと、導いていた。
なけなしの20円か30円を握りしめて、公衆電話で記載されている連絡先に電話をする。
この時、既に、携帯電話は使えなくなっていた。
「すみません、住所なくて、仕事見つけられなくてと…」
そう伝えると、
「一度直接、事務所に来てください」
そう園田と名乗る男性から、伝えられた。
正直、男性の声がとても野太い感じで、どこか恐怖を覚える瞬間もあった。
しかし、止まっていては、お金がそこを尽きる。
勇気と活気を振り絞って、書かれている支援団体の事務所へと向かう。
古びた鉄筋の建物の2階に登ると、そこには2人のスタッフがいた。
2人とも男性で、1人は園田と名乗る男性スタッフで、もう1人は名前すら聞いていない。
「あ、あの、先日電話した者ですが」
「鷹桑一くん、間違いないかな」
「はい、そうです」
「21歳ね、タイヤ工場、住み込みで働けるところ紹介できるけど、どうする」
こんなにも簡単に、仕事を提示してもらえるとは、正直考えてもいなかった。
自信はなかったよ。肉体労働の仕事が自分に合わないことも、容易に想像することができたし。
でもさ、そんな事は考えていられなかったんだ。
僕は彼の提案に、持病の事などすっかり忘れて、呼応するように返事をした。
「やらせてください」
その一言で、僕は就職先と住む場所が一瞬にして決まった。
若かったから。そう考えれば、それまでの話。
園田と名乗る人物が、指定した日までは数日ある。それまでは、公園とネットカフェで時間を潰すことになるだろう。
その間の資金は、大丈夫そうであった。
とりあえず、行くところもないため、広葉樹の大きな大木がある公園に戻る。
すると、先日炊き出しについて、教えてくれた60歳前後の男性がベンチに俯き加減で座っていた。
何かあったのかと思い、話かけようとすると、彼は寝ているようだった。
起こしては迷惑だと感じて、その場から立ち去ろうした時、
「今日は飯配る日やないぞ」
どうやら僕が近づいた事で、起きてしまったようだ。
「おっちゃん、ありがとう、行くとこ決まった。これお礼」
僕はそう言いながら、パンや保存食品やら、情報をくれたお返しをした。
「何や、やけに真面目なお礼やな、ありがとう」
「どこに行くんや」
そう彼が少し心配したような様子で、僕に問いかけてきた。
「住み込みで、工場に行くことなった」
「工場かいな、ワシみたいならんように」
一瞬、どういうことか、分からなかったが、彼が足を引きずって、歩いていた事をふいに思い出す。
「ワシもあっちに行っては、こっちに行ってを繰り返してきた」
「歳行ってから、土方で重いもん、落としてもうて、足おかしなった」
どうやら、彼が足を引きずっていたのは、そういうことだったようだ。
「うん、おっちゃん、ありがとう。気をつけるよ、元気でね」
「おおきに」
彼に最後の挨拶を済ませてからは、ネットカフェに篭りっぱなしだった。
その間は常に、不安と鬱っぽさに悩まされていた。
インターネットであれこれ、検索をするものの、やはり、病院に行かないと症状が改善しない事は言うまでもない。
そして、入寮の日を迎えることとなった。
紹介された場所に向かうと、サングラスをした体格の良い男性が立っていた。
嫌な予感がしたが、そこで逃げてしまっては、行くところはもう公園しかない。
「よろしく、伊藤だ」
「鷹桑です、よろしくお願いします」
震え気味の声で、一言だけ挨拶をする。
その後、諸々の諸手続きを済ませて、寮へと案内をされた。
寮の方は、至って普通であり、家具家電も完備されていて、今までの生活に比べれば、格段とQOLが上がっただろう。
何気なく、勤務表を確認していると、どうやら初日は日中勤務で、9:00出勤と書いてあった。
それは、良かったのだが、気になったのは、最初の週から夜勤が入っていた。
−−仕方ないか−−
そして、初日の勤務日を迎えることになる。
ほとんど寝られぬまま、工場へと向かう。
初日にはひたすらに、大型トラックのものと思われるタイヤを一生懸命運び続けた。
昼休憩の間は、誰とも話すことなく、持参したカップ麺をすすっていた。
退勤の時間を迎える頃には、身体はクタクタだった。
それよりも、名前で呼ばれることはなく、黙々と指導係の人にくっついて、業務をこなしていくだけ。
指導係の人との会話も業務以外無し。
人間はやはり、コミニュケーションを円滑に取れる場所じゃないと辛いよ。
何より、僕みたいに、精神的な問題を抱えている人はさ。
そして、勤続はまだ4日程で、既に心がボロボロになってきていた。
何とか、残っている力を振り絞って、夜勤をこなした。
夜勤の次の日は、休みであった。
僕は真っ先に、貰ったばかりの真新しい青色の保険証を握りしめて、メンタルクリニックに向かった。
何で向かったかって言われると、答えられないな。
直感的に、不安がキツすぎて、限界だったのかもしれない。
それか、気分が落ち込み過ぎて、誰かに助けて欲しかったのかもしれない。
「高桑さん、あなたは今の生活環境には、心が適応できていません」
「どうしたら、良いですか」
「ご自身に合った、仕事を見つけ直すべきです」
そう先生から告げられて、1週間後に、また来るように話をされた。
症状を改善する治療薬も合わせて、処方されることになる。
寮に戻った時、僕はふと、明日が早出だった事を思い出す。
※この作品はフィクションです
第一話☟
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