彼女がその言葉を話した瞬間だった。
感じていた不安、恐れ、後ろめたさ、劣等感。
全ての感情が楽になった気がした。
自分にも、こんな湧き出る力。歪んだ認知を修正する力。
これら諸々、兼ね備えていると感じて自分に感心をしていると、見覚えのある景色が飛び込んできた。
木製の年季が入った趣のある椅子。美味で安価なマイナーなドリンクの品揃え豊かな自動販売機。
「大丈夫。この人」
そう聞こえてくる見知らぬ若い男性の声。
「大丈夫ですか!」
聞き覚えのある若い女性の声。
先ほどまでは、感じることのなかった頭痛と共に、僕は電車内でしゃがみ込んだ状態で、意識が朦朧としていたらしい。
実母が血の気が引いてしまう癖があることを引き継いだのか、僕も緊張が高まったり、強い不安を感じると、倒れる癖があった。
しっかりと、倒れてしまったのは、とある入学式の一度だけだったが、その後は母からよく、
「やばいと思ったら、座りなさい」
と常日頃言われていた。
そう教えられていた事が活きたのか、咄嗟に僕はしゃがみ込んだらしい。
そして、僕は最寄り駅に到着する直前に限界を迎えたみたいである。
今思えば、潔く、体調が悪いことを鑑みて、乗り換えをする大きな駅で、適当に理由をつければ良かったのだか、単純に話していたかった。
それは、様々理由があるが、1つ上げるとすれば、彼女がタイプであることはさておき、ここ最近、まともに人と会話していないからだ。
孤独だった。
辛かった。
不安だった。
確かに、無理をしたのは良くないし、肩を貸してくれたあの時の男性にも、感謝を伝えたいと思っている。
長々と回想を巡らせていると、
「歩けます?」
と坂さんがはっきり聞いてきた。
「大丈夫」
と僕が答えた。
頭痛はしていたが、自分の経験上、間違いなく自宅までは大丈夫そうであった。
しかし、そこは福祉を学んでいる彼女の優しさが強かったのだろうか。
安アパートまで、僕を見届けてくれるそうだ。
正直、蹲った恥ずかしさもあった。
そして、駅のベンチで、肩を貸してくれた男性は、坂さんを僕の彼女だと勘違いをしてすぐ去ったそう。
その後、すぐに歩き始めるのは、良くないということで、10分。いや、20分だろうか。
隣の席で話を聞いてくれていた。
迷惑もかけているような気がしていた。
だから、
「本当に大丈夫」
と言えば良かったのだろうけど、様々感情が相まって、言葉出てこなかった。
「ごめん」
と実際は言った気がする。
最寄り駅を出ると、3つに道が分かれているが、これが彼女と初めて同じ方向の道に歩いていく記憶になった。
「外国語の授業何取ってる?」
「ドイツ語です」
「僕は英語」
「大学の授業って、先生あまり日本語喋らないから、難しいですよね!」
「うん」
そんな何気ない日常会話をしながら、歩いていると、僕の安アパートが見えてきた。
「ここ」
そう伝えると、彼女は何も言わずに、
「じゃあ。私はここで!」
そう言ってくる。
僕は何を想ったのか、
「もう遅いし、送るよ」
と18歳男子大学生謎のプライドが登場し、本末転倒な事を言ってしまった。
「え!笑 具合悪くなったから、今送ったじゃないですか!」
そう返答されたと同時、あがり症で状況が見えなくなる事について、まじめに落胆してしまった。
「あっ。ごめん。気をつけて」
イケてる女性慣れした男子ならここで、スッとタクシー代を渡すなりなんなりすると思う。
言うまでもないが、そんな粋な心遣いは頭の片隅にすらなかっただろう。
ただ手を振ってしまっていた。
情け無いという言葉は、既に通り越していると思うが情け無い。
そして、静かに安アパートに吸い込まれるかのように帰る。
カップラーメンを食べるために、お湯を沸かしながら、ふと、しっかりとお礼を言えていない事に気付く。
−−今日はありがとう−−
そう送ろうと思ったが、なんか、おこがましい感じがしたというか、タメ語を使っている自分がなんだか恥ずかしくなってきた。
−−今日はありがとうございました−−
そう送ると、坂さんから、すぐに返信が帰ってきた。
−−今日は体調悪かったんですか?−−
本当は元から自分は、不安、緊張が強い人間であり、今日に限っての話ではなかった。
今、僕がこの都会で、ほぼ唯一と言っていい、繋がりのある人。気になる人。優しい人。
いつもはあまり人に言わず、隠してきた自分自身の不安症状について。
大学のセンター試験は、不安症状がきつくて、全く集中できなかったこと。
同時期に心療内科に通院していて、不安障害と言われていたこと。
都会の病院に紹介状が出されていたが、無視して病院にもいかず、投薬治療もほったらかしていること。
上げると色々出てきた。
この人になら、話したいと思った。
僕は、
−−実は病気持ってて−−
と返信をした。
優しい彼女は、その後、心配する内容を返信してきてくれて、僕はそれに、ただただ正直に返答をしているだけだった。
最後に、
−−今度お昼食べながら大学で話さない?−−
と彼女からのメッセージに対して、
−−大丈夫−−
と僕が返して、そのやり取りは終わった。
本来であれば、明確な日にちなどを提案すれば良かったのだが、後ろめたさが気持ちに残るまま、やり取りをしていたため、そこまでの考えには至らなかった。
けど、なんだか、その日の夜はいつもより、安心して眠ることができた気がする。
誰しも時間は過ぎゆくものである。
朝になっていた。
体調を崩した次の日も授業がある。その日はアルバイトもなく、無気力に出席のカードを押すため、微頭痛が残る状態で授業に行く。
もちろん1人だ。
昼も1人で食べている。
帰る時も1人。
そして、家に帰ってインフルエンサーの動画を視聴する。すると、メッセージの通知が入った。
坂さんからだった。
−−社会経済学の講義!一緒に受けてもいい?−−
途中で気付いたのだが、坂さんのメッセージが敬語でなくなっていた。
捻くれ思考の僕はこの時、電車で具合悪くなった事がその要因かと推測していた。
そして、細かい事を気にする性格も重なり、どう返信したら良いか。
思慮深く考えていると、1時間も経っていた。
−−良いよ−−
その一言だけを返信した。
第一に一緒に講義を受けると言うのが、どうしたら良いか分からなかった。
当然、タイプの女性から、講義を受けようと言われたら、僕には断る選択肢はないのだが。
自分で奨学金を借りて、かつ親に学費を払わせているからには、真剣に授業に向かいたい気持ちもあった。
言うまでもないが、彼女が一緒では絶対講義に集中できない。
そして、大学の講義というのは長い。90分もあるのだ。
セルフでも空気感に酔いそうになる場面もあったのに。
もしかすると、体調をも崩しかねない。
その日の夜は、あまり眠れなかったと思う。社会経済学は2限に受講をしていた。
9:00頃に起床をして、髪をいじり始める。
そして、家を出る。
歩きながらメッセージを見返すが、僕のメッセージの後、彼女からはスタンプが返ってきていただけだった。
僕は決まって窓側の後側にいつも座っていた。
本来であれば、
−−どこにいる?−−
と連絡すべきだが、1人で受けたい気持ちも少しあった。
なので、連絡はせず、静かに講義が始まるのを待っていた。
しかし、視線は自然と周りをキョロキョロしてしまう。
肩を叩かれたその時、
振り返ると、
いつも違う雰囲気の坂さんが僕を見つけてきた。
※この作品はフィクションです
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都会の香りを春に感じて【第三話】【ケータイ小説】【おすすめ紹介処】 – おすすめ紹介処 (osusumedokoro-e-net.online)
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